“ARCHETYPE\River Series#1\目黒川_Upstream|Meguro River_Upstream, Tokyo, 2023>2025” @JPG

渡辺カイ写真展:

ARCHETYPE\
River Series#1\
目黒川_Upstream|Meguro River_Upstream, Tokyo, 2023>2025

  • 会期_2025年8月12日(火)>8月17日(日)
  • 時間_12:00>18:00[最終日17:00まで]
  • 会場_Jam Photo Gallery[入場無料]
  • 電話_050-7118-1669
  • 住所_東京都目黒区目黒2-8-7 鈴木ビル 2階B号室
  • 交通_目黒駅 (JR山手線、東京メトロ南北線、都営三田線、東急目黒線) 正面口、またはは西口より徒歩8分

作品について:

私は、都市のあらゆる建物や構造物を対象とし、それらを類型的に撮影することで、その中に潜む「アーキタイプ(元型)」を探るプロジェクトを行っている。

「アーキタイプ(元型)」とは、スイスの分析心理学者ユングが唱えた概念で、文化や時代を超えて存在する、普遍的な人の心のテンプレートのことを指すが、それを都市にも当てはめてみようという試みである。それは、スクラップ&ビルドを繰り返して更新していく都市の行為を、コピー&ペーストと再定義し、「いつか何処かで見たもの」で埋め尽くされているその場景の中に、その行為の源泉となる「アーキタイプ(元型)」が潜んでいるのではないという仮説によるものだ。

「自然の川」は、地形そのものであり、自然現象でもあるが、都市を流れる川は人為的に作り変えられており、それ自体が一つの大きな構造物といえる。そして、その「都市河川」の典型である、東京都心部を流れる目黒川を今回の撮影対象とした。

目黒川は、源流となる北沢川と(からす)山川(やまがわ)が合流する世田谷区池尻を起点とし、途中で(そら)(かわ)蛇崩(じゃくずれ)(がわ)谷戸前(やとまえ)(がわ)羅漢(らかん)寺川(じがわ)などの支川を合わせる。世田谷区、目黒区、品川区を東流し、東品川海上公園付近で天王洲南運河に接続する二級河川であり、全長は約8kmになる。

なお、起点から国道246号の大橋までの約600mの区間は暗渠(あんきょ)(か)されており、その地表部分は人工のせせらぎを抱いた「目黒川緑道」が整備されている。また、目黒区流域では、両岸に約4㎞に渡って約800本の桜並木があり、春には桜の回廊が現れ、都内でも有数な花見の名所となっている。

開渠(かいきょ)となる大橋の橋下(きょうか)を下流側の常盤橋から望むと、目黒川の流れを目にすることができる。その流れは比較的早く、水もきれいだが、水深は浅い。そして、私の勝手な思い込みだったが、北沢川と烏山川が合流しての流れとしては、ずいぶん水量が少ないと感じた。

調べてみると、両支川はすでに暗渠化され、下水道として転用されており、通常時の水量は非常に少ない状態であるということだった。そして、この流れている水は、自然の湧水などはほとんどなく、新宿区にある落合水再生センターから、高度な下水処理水1を約12kmに渡って送水しているということには驚かされる。

また、中目黒駅から少し下流で合流する蛇崩川も、やはり下水道に転用されて暗渠になっており、やはり水の流れはほとんどない。なお、他の支川も同様に下水道に転用され、そのほとんどが暗渠化されている。

翻って、河口から約4kmの太鼓橋から下流を眺めてみると、こちらは深く停滞している様に感じられる。これは、下流域が低地であるため、河口から約6km離れた入船場あたりまでは、海水が流入していることと、浚渫(しゅんせつ)によって水深が深くなっていることに起因している。

撮影は河口から上流に向かう形で始めた。川に沿って歩き、架かる橋の中央から真っ直ぐに上流の場景を眺め、撮影を行っていった。なお、川を撮影する時のこうしたスタイルを、タイトルにある「River Series#1」としている。

自明なことではあったが、河岸(かがん)はすべてコンクリートの護岸や防潮堤で覆われおり、自然のままの土手などはない。また、河口から最初の橋である昭和橋から上流を望んだ時、一直線に伸びていく感じはとても人工的であるという印象を持った。

歴史をたどると、この辺は川幅が狭く、水深も浅かったために、大雨が降ると田畑が冠水することもあったという。そこで、大正から昭和初期にかけて、治水とともに運河としても活用できる様、直線的に整備されることになった。

それでも、雨量によっては川の水があふれることもあり、平成に入ると中目黒にあった船入場跡地を利用して、都内で初めての地下箱式(ちかはこしき)調節(ちょうせつ)(ち)を完成させた(貯留量55,000㎥ / 平成2年竣工)。さらに、平成元年の集中豪雨によって、河口から約3kmの五反田付近が大規模な浸水被害を受けたことにより、荏原(えばら)調節(ちょうせつ)(ち)の建設を進めることになった(貯留量200,000㎥ / 平成14年竣工)。この荏原調節池は、平成29年の台風21号では約12,000㎥の雨水を貯留し、目黒川の氾濫を防ぐなど、浸水被害の軽減に寄与している。

ところで、川沿いを歩きながら、護岸や防潮堤の側壁に目をやると、大小あるいは、蓋付き穴をよく見かけることになる。これは、越流水吐(えつりゅうすい)(とこう)といって、雨がたくさん降って、下水管で処理できないときに、川へ放流するための排水口であり、目黒川全体では62か所を数える。

目黒川流域では、雨水と生活排水を一緒に流す合流式下水道のため、大雨が降って越流水が流れ込むと、水質は一時的に悪化し、白濁化、悪臭、スカム(水面に浮かぶ白っぽい泡や油膜、汚れのかたまり)などの現象が発生することがある。また、水温が上がる季節には植物性プランクトンが発生し、水面が緑色になることもあるそうだ。

これらの対策として、東京都は流域の3区と連携し「清流復活事業」として、高度下水処理水の送水をはじめ、河川内および流域において、さまざまな水質浄化対策に取り組んできた。たとえば、河床(かしょう)(せい)(せい)および浚渫、高濃度酸素溶解水供給施設の設置、底質改善材の導入、海水導水、透水性舗装、貯留管の設置、下水道の部分分流などである。これらの甲斐あって、生活排水がそのまま流れ込んで、魚や水生昆虫がほぼ生息できない状態にあった高度成長期に比べれば、水質はかなり良くなった。ただし、川の水質改善や維持管理に、これほど手がかかることには考えさせられる。

こうした都市化により、治水や利水、あるいは環境の観点から、地形を変え、河岸をコンクリートで固め、水量の減った源流の代わりに高度処理水を流して水量を確保している姿は、もはや「自然の川」とは言えないだろう。果たして、目黒川は自然物から人工物へと変わったということになるが、「自然の川」としての「アーキタイプ(元型)」を失ったことになるのだろうか。

典型的な川のイメージとしては、水の流れや音、川に架かる橋、両岸の草木、そして四季の風景の変化、鳥や魚や虫などの生き物の存在などを挙げることができる。そして、こうしたものは、人々に癒やしや感情の浄化を与え、自然との接続を再認識させるものではないだろうか。そして、それらは現在のインフラ的側面が大きくなった目黒川においても、同じことをいうことができる。

つまり、都市化により整備された「演出された川」であっても、自然物と同じ様な典型的な川イメージを有し、元型もそこに息づいているのである。ただし、それは「自然の川」としての元型ではなく、「都市河川」として“上書きされた”「アーキタイプ(元型)」と呼ぶのが相応しいかもしれない。

この展示では、目黒川の河口から起点をめざし、架かる50本の橋の上から撮影したものと、河口と起点を合わせた52点の写真の中から13枚を展示させて頂いた。
シリーズ全体として一つの構造物に見える様に曇天を選んで撮影し、かつ人気のない早朝に撮影している。また、季節感をなくすため、彩度を少し落としたイメージとした。

なお、今回の写真展は、目黒川に近い場所でいたいという思いで、Jam Photo Galley様をお借りした。


26 July 2025
渡辺 カイ

  1. 通常の下水処理よりもさらに進んだ処理を施した水のこと。具体的には、残った窒素やリンの除去(富栄養化の原因)、高度ろ過(砂ろ過、膜ろ過)、活性炭処理などを挙げることができる。 ↩︎